評価経済型社会 2017.4.1

私はどうも世界がおかしい、と感じたのが始まりでした。 私達の所謂世界はマトリックスだと感じた事はありませんか? 本当の世界を阻止している 彼ら はエリート層で管理をしていて 腐敗していて真実は世界が歪められているんです。 それはお金・政治家・マスコミ・宗教団体をコントロールしていたんです。 彼らはシガラミもあり競争もあり共生もしています。 その帝王らの対立に庶民が埋もれているのが今の現状です。 それはコミュニズムとコミュニティーとの長い闘いでした。 今の巨大資本運営者らは利己的な自我で動いているのですから。 もしドイツが500トンのオーストラリア産の羊毛を必要としたら 100台のトラクターを送るという簡単な物々交換はできません。 それが可能になったら困るのが 彼ら なのですから。 ですから政治家には文明学から非ヒエラルキー型社会を マスコミには心理学から情報の危険性を学んでもらい 報道などは殺人など大きな事件は3行ほどでいいので むしろ貧しい人々に援助の手を差し伸べた話など 評価型の話題を取り上げる体系に戻すべきなのです。 また大きな宗教では法王らは自分の為に数百万ドルものお金を 蓄えていますが飢餓に苦しんでいる国々を助けはしません。 それは巧妙に利用している利権団体でしかないのです。 「富める者が教会の為に貧乏になる事が本当に好ましいのか?」 という詭弁を使って法王らは言ってくるのです。 評価経済社会から言えばこれらの宗教は貨幣経済下にあります。 評価経済ではお金とは単なるツールで相対価値でしかありません。 実は無くても困りませんし病気にもならないものだったのです。 勿論現実的にはお金のみに支配されている世界ですが。 ですからお金に惑わされない不変的体系が必要だったのです。 評価経済型の社会は三面性からできています。 現在は支配者と消費者という資本二面性というやつです。 しかし評価者という中間の位置すなわちバランス力が加わると 経済は本来のサイクル型に自然と戻っていくのです。 そもそも物質・中立・精神この三位一体が不変なのでありました。 言い換えると貨幣・評価・無償この3経済が存在しているのです。 この真ん中の概念を模索してこそパワーシフトが可能なのです。 産業革命後人類は200年も鞭を打って新たな概念を模索したのです。 それはタイムバンク的な評価指数での貸し借りであり お金だけの数字指数というドグマを捨てればいいだけなのです。 財務省だけに任すシステムは完全にバランスを壊しています。 これは私達が自由を守る為に発展する時期にいる事でもあります。 現在の福祉・医療・年金などの破たんが近いのもこのせいです。 現在の政府自体もこの手遅れで詰んでいるのが現状なのです。 「皆さん、我々政府は自身の為だけに準備をしてきました。 少子高齢化で分配などできません、各自対応願います」ってね ですから庶民からパワーシフトを起さなければならないのです。 物々交換から消費税を落さずしタイムバンクから評価指数で 取引さえ行えば今の国家政府や支配者層に従わなくてすむのです。 全人口の1%が評価経済を行えば100匹目の猿現象が起こります。 それは個人レベルから模索していくものなんですから。



仮想世界という真実 2017.3.31

私は人間の水準を乗り越えた意識の状態でDNAを見た時 DNAとはデータとエネルギーを継続的に伝達し受信する コイル状のアンテナと知りました。 それは細胞内のレセプターと連携している光子時空間ゲートです。 それらを通して脳に情報が送られていたのです。 そしてDNAは人間よりも数十億年も高度に発達した 「偉大な知性」の技術的あるいは芸術的な作品でした。 有機組織を支える多次元かつ複雑な無機物構造物を説明するには 未だにこの文明でも説明する為の語彙が不足しています。 簡単に言うと身体における三次元の細胞の形成とは 完全に異なるより高い次元からホログラフ的かつ高度に構造化された コミュニケーションが常時行われています。 しかも身体そのものは単なるもろい雲粒です。 私達の細胞核内では正確なリズムで 対育成と対消滅の振動を繰り返しているのです。 我々多細胞有機型生命体とは宇宙的視点から見ると決して個体ではなく 潜在的なオブジェクトでしかありませんでした。 ですからDNAの時空間ゲートを通ってこの現実のバージョンに 投影されているのがこの「身体」と思われる意識の境界なのです。 同じ空間にもパラレルな宇宙次元が存在しているのを自覚して下さい。 この概念は非常に重要な電磁的かつ量力的な特性を持つ 神聖理学的なシステムとして研究をしなければなりません。 現在の科学は三次元的なプロセスの学問でしかありません。 なぜなら生命の魂格は量子分野にあるのです。 人類は生命を組織化された有機共存の量子集合体と解釈すれば 何時か本当の生命の意味を把握出来るでしょう。 DNAの働きは細胞核の次元量子学と受容体の空間幾何学に関係があるのです。 それは宇宙の誕生に似たプロセスなのです。 また私達の身体の育成はある意味空虚からの表現でもあります。 ただしその空虚は完全に意識的ですが 無のプロセスは私達にとって恐ろしく神聖です。 ですから人間がその本質を変えて神聖な存在に進化しない限り 無の本質は完全に理解することは出来ないのです。 ですので私達は「現実」には生きていないのが真実です。 また純粋な「仮想世界」で暮らしているのも真実なのです。



転生と霊魂 2017.3.30

「何故 人は生まれ死んでゆくのか?」 様々な経験を得て 魂を磨く為だけだ。 この世界には物質界の他に、君らで言う死後の霊界があり、 霊界では人は魂を磨く事が出来ないからだ。 究極的には「悲しみを乗り越えるだけ。」 の修行だと言えよう。 魂を磨く世界として、ハードモードの物質界が与えられたのだ。 宇宙はどの惑星にも固有の生命が、存在出来るように設計されている。 そして成熟期を迎えた星には必ず知的生命体は生まれる。 ただ同じ宇宙内でも惑星ごとに宇宙定数が異なるので、 フラクタルに一種しか知的生命体は存在しない。「私達の観念でいう 多次元とは何か?」 単に周波数干渉外の異なる世界だ。互いに知覚する事が不可能な領域にしか過ぎない。 だから知的生命体とは、科学的発展ではコンタクトを取る事は不可能なのだ。 我々人類は太陽系外の探索を開始しているが、上位の知的生命体と出会い交流する事はない。 宇宙的物理法則が異なる為に影響し合う事がないのだ。 他の生命体文明と接触する事もない。これが宇宙に生命体は人類しかいない。 と錯覚してしまう 「フェルミのパラドックス」 の答えなのだ。 生命は自らが生まれた惑星以外では、長期間活動する事は出来ない設定になっている。 そして太陽のような恒星にも体の内部にも、実は生命は存在している。 ソマチッドや恒星は、核融合により高温に熱せられている為、 我々程度の霊的存在だと上位も下位も、干渉するのは困難なのだ。 実は干渉困難な高次な惑星がほとんどだ。そこに知的生命体が居るのは理解出来ているのだが。 つまり、自ら知覚でも確認する事が難しい上位の存在は山ほどいる。 更に内在する、遥か彼方のこの宇宙に関しても余りに大き過ぎる為、知覚も難しい。 つまり人類は、上位の存在に生かされている要素にしか過ぎないのだ。 遠い星には私達から見ても、実にユニークな知的生命体が沢山いる。 例えば、電気を生命力の源とするプラズマ生命体は、クラゲのような容姿をしていて、 体から発した電気信号で、互いに意思疎通を行う。 彼らは、惑星を覆う雲の中を浮遊して、イルカのように過ごしていた。 プラズマ生命体は人間のような脳は存在しなく、体自身がその役割りを果たす。 その発進想像能力は極めて高く、 思考した事を他者に映像や音像として伝え、永年面白い神話を創り出していた。 彼らは、時間と空間の干渉差を受けない生命体なのだ。 またある知的生命体は、核文明で戦争を起こし、 地上の大気が有毒物質で溢れているので、地中で一生を過ごしている。 その知的生命体は、地球の昆虫のような姿をしていて、 蟻のような巨大なコロニー文明を作り、生活を送っていた。 そのインセクトイドは人間よりも知能は高く、知的文明としての歴史も長い。 人間より高度な科学と、精神文明を融合し、穏やかに暮らしていた。 その生命体は、太古の失敗から一度物質的なものを放棄し、 それに代わる古代的な「超進化」を手に入れたようだ。 宇宙文明では星にもよるが、基本的に生命は絶滅する事がなければ、 いずれ物質的な価値観を棄てる時が来るのだ。 どの星の生命も基本的に一定の四肢進化を、同じ様な経路で辿る。 言葉を作り火を操り、食物を栽培する知恵を身につけ、 科学的な発展までは一気に進む。やがて国家が生まれ高度な文化が原因で、 大規模な争いを繰り返す大文明時代に至る。 その後、要らない道具を捨てて精神世界への「超文明」に辿る。 争いや競争自体は悲しい事なのだが、避けては通れぬ宿命なのだ。 そしてその悲しみを乗り越えた時、必ず穏やかに暮らせる文明が来るのだ。 やがて人類は、私達自身が苦しみや悲しみを乗り越えた時に、 「価値があった!」 と気付くであろう。



波動文明の上昇 2017.3.29

この宇宙はエネルギーです、つまり全ての物はエネルギーでした。 物質の最小単位は分子とも光子・素粒子などとも呼ばれていますが 私たち人間に見えるもの見えないもの全てがこの最小のエネルギーで出来ています。 このエネルギーは意思を持っているので全ての物質も意思を持っている事になります。 この3次元世界に存在する全ての物質がそうであり人間や動物の肉体だけではなく あらゆる植物や微生物などの有機物、鉱物や水・空気などの 地球や宇宙空間に至る全てがある種の意志を持ったエネルギーなのです。 それは「波動」と表現されこのエネルギー形は絶えず揺らいでいます。 それに変化を与えて形を造る事が出来るのが意識的な「意志の力」なのです。 このエネルギーが様々な形をとってこの3次元の世界を作り上げているのです。 人間の知性の行使または無意識の力によってこの世界は常に変化していますが その変化が全体のバランスを破壊する様に動き始める事もあります。 その様な世界にとって好ましくない揺らぎが起きた時 その事に気づきそれを調整する役割も人間なのです。 本来、人間が持っている意思や想念という力がいかに膨大なエネルギーか? という事に誰しもが気が付かなければなりません。 私達は自分の発する想像力の強さを自分だけの組織に活かそうと 政治家や官僚達が大きな誤解による過ちを犯しております。 その結果さまざまな社会悪や文明の崩壊という形で私達の世界に 悪影響を与えて来た悪いシステムもそういった想念が齎したものだったのです。 ですからその事に気づくならば自分の持つ意志や想念のエネルギーは 世界や宇宙を救う為に行使出来る「力」だと気付くはずなのです。 そして遠い昔の縄文時代と言われていた文明では支配者は存在せず 所有の概念もない全てを共有した、提供しあう原始共産の文明でした。 横並びの愛と調和のエネルギーに満たされた社会形態です。 それは原始的な生活を営む上での、精神的高度文明だったのです。 エネルギーや波動の事を知っていた高次の世界感は、縄文時代から存在していました。 200年程前の江戸時代でさえ現代のコンクリート構造物の都市や 車や飛行機の様な便利な乗り物はありませんでした。 しかし自然と上手く共生した、綺麗で波動の高い文明でもありました。 それらは行き抜く為に身体を持って高次と共に共振する能力の一部でもありました。 高次元の文明とは決して遠くて特別な所にある世界ではありません。 それは単に物質的な事ではなく精神的なところを重視した文明です。 ですから物質的に豊かでも精神的な豊かさに至らないと原始的な文明と同等なのです。 古代科学が発達した文明を体現出来る可能性は今の人類にかかっているのです。 これからやってくる新しい文明は「波動の文明」であるでしょう。 波動はエネルギーなのでこれによって全ての病気の治療が治す事が出来ます。 将来、診療所には人間の身体の波動を調整する装置が置かれ それで波動調整する事で病気も怪我も治す事が出来るでしょう。 切除したりする手術の必要はなく副作用のある薬も飲む必要はありません。 そうなると本来、人類が持っている自然治癒力を伸ばした健康な生活に戻ります。 また現在の物質文明における価値とはお金を持っているとか社会的権威があるとか 名家の出身であるといった社会的地位がその人の評価を決定しています。 しかし次に来る波動文明ではそれは無くなってしまいます。 まず貨幣経済が終わり、肩書きや家柄・権威などといったものは無意味になります。 なぜならその人の価値を決めるのは「魂がどれだけ清浄か」という事だけだからです。 3次元世界を上昇すると繊細な振動(バイブレーション)で展開する世界になるので 今まで解らなかった繊細な面が見える様になり誰でもオーラが見える様になるので 偽りや誤魔化しが通用しなくなり政治や選挙制度も無くなってしまいます。 何故なら最もオーラが輝いている人が、必然的に選ばれるからです。 その様な人がリーダーになると整った波動から周りの全てに良い影響を与えるので 病んでいる人のオーラは自然に浄化され周りが影響を受けて整えられてくるのです。 これまでの社会を形成していたシステムは全てが崩壊する事になります。 自由主義も共産主義も社会主義も民主主義も全て同様で それぞれの主義の強いものが社会を作ろうとした時代は終わってしまいます。 今になってよく解る事はどんな制度であってもそれらは 権力者にとって都合のよい道具でしかなかったという真実です。 また道徳や哲学の基礎となっていた全ての倫理学を金儲けに使っていた 宗教やスピリチュアルTVなどのエセ産業も意味がなくなります。 貧富の差はなくなり、事件や争いごとのない平和で穏やかな世界に到達します。 しかしながら一気にそうした「波動文明」に変わる訳ではありません。 まず資本主義が終焉し代替えの非貨幣経済を模索する、という段階になります。 すぐにフリーエネルギーの時代にならない様に石油になって原子力になって 常温核融合になってその次にやっとフリーエネルギーの時代に移るのです。 この各段階を得て「人類進化のステップ」が達成するのです。 すでに述べましたがフリーエネルギーの技術はすでに開発されています。 しかしエネルギーというものは文明と共にあるものなので 今まで化石燃料でやってきたものをすぐに乗り換える事は出来ないのです。 つまり最も根底の倫理的な基礎部分が実は重要であり論理哲学を見極めた社会構造に変わらなければ文明は進化しなかったのです。



近代ヒューマニズム 2017.3.28

① 人類史とヒューマニズム

現代の文明はその複雑さから多くの難題を抱えている。 人々は「救い」を求めるからその解決の為にスピリチュアルや 自己啓発セミナー・経営者会議などに出席してくる。 しかし社会の根底に問題がなく世界が常に平和だったのならば 人々は人間性の向上に立ち向かわなくて済むのです。 システム(道具)より人間性こそ尊重すべきという旧来の ヒューマニズムの概念は現状では単なるお題目となりました。 人間を取り巻く環境がいかに複雑化したかを簡単な人類史で説明します。
 ○ 都市文明
ポリス(都市)の形成から武力対立が生まれ問題が発生し 諸宗教や哲学・法学が進み人類の精神面での発展に繋がりました。 古代ローマ時代(紀元前)に人間中心的なヒューマニズムという 単語が創られました。物や体系の概念が増えたせいで ルネサンス(約15世紀)に重要性が説かれ再生しました。 その後ホッブズのリヴァイアサンから国家は 個性や人格や意志を持つ巨大な人工機械人間であると言われました。
 ○ 産業革命後
社会が複雑化したのは科学の発展が著しくなった最近です。 科学の発展から国家間の権力バランスは常に経済格差を広げ 世界経済が起こす「富の偏在」は未だに加速し続けて 貧富の差を埋めていません。 資本主義の終焉を予測したサーカーはネオヒューマニズムという 古来からのウパニシャッドの哲学の宇宙観や魂学の概念で ワンネスを取り戻せ、と東洋精神主張で西洋合理主義を抵抗しました。
 ○ 21世紀
現在では先進国のマッドサイエンティストや米国の経営者らの中で 「トランスヒューマニズム」という逆バリのヒューマニズム思想が生まれている。 それはバイオテクノロジーで人間を操作しようという研究であり 経営主体かつ倫理を無視した人間学です。 人類史全体から見ると歴史のない事柄なのです。

② 各時代とヒューマニズム

文明とはなんでしょうか? それはその時代のコミュニティです。 社会に問題がない原始文明でも天災があった為に問題は存在しました。 紀元前ではインドでのヴェーダとウパニシャッドの哲学が起こり 釈迦による仏教の出現、中国では孔子の「諸子百家」が活躍し ギリシャではソクラテスらが人間とは何か生きるとは何か といった最も根底の問いを論じてきました。 現代の普遍的な基礎哲学になり後世に役立っています。 各時代に共通しているのは現在で言う「倫理学」的なものの存在です。 そういう信仰観という共通概念は時代や場所を超えて浸透度を保ち 人間が他者と理解をする以上どの時代も一定を保持していました。 しかし現代文明では進展の複雑さ故に人間にとってその基準が 追い付かなくなっている。 人間性の尊重を基とした往年のヒューマニズム規範は ルネサンスの時点で頂点を迎えました。 しかし現代では政治問題や企業の倫理観・恋愛観の格差などの 複雑さ故に対応出来ていません。 文化人類学的にみると近年は国家交流が活発になったせいで 国々の各個性は薄れ伝統やその国の文化は忘れ去られています。 国家レベルの問題は我々庶民も調べて予測して行動を起すようにと 人間性を取り戻さなければ、永遠に「パンとサーカス」で 飼育された羊の群れになるのです。 観るべき点はサーカスではなく「未来の国の姿」なのですから。

③ 近年の全体主義的な国家

17世紀ホッブズは国家について政治哲学の本を著しました。 21世紀、経済学者の竹中平蔵は国家社会人の重要性を謳いました。 これらに共通しているのは「競争に勝ち抜いて下さい。」 と言う裏のメッセージであり、彼らは御用学者なのです。 国家という巨大な人工機械人間から利益を追従するだけに 個人の喜びを持つのはもはや隷属的かもしれません。 今日の社会格差の歪みを生んだのは国民から権益を得ている この行政や議員らです。現在の政治制たる代議制が庶民と 対等の機能を果たしたのならば決して権益は生まれないのですから。 因みに日本の政党制は野党たる民進党の存在感が薄く自民党の一強です。 また三権分立も立法の一強で裏にCSISなどのシンクタンクからの 内閣の米国追従政策が伺えます。 この傀儡政治では1人が参加しても暮らす場所を良くできません。 国家という構造化したものを一部の組織が欲意で操作しています。 そもそも文明非接触の部族らには国家たる人工機械人間は無く 人間は「魂的な存在」と言う有機的な概念でしか捉えていません。 彼らには問題を起こす物は嫌悪なのでしょう。 ですから我々庶民も国家権力という凶器に近い道具に振り回されず 全体をみて個人主義をもう一度考え直さなければなりません。 これからは全体と個人との間に「応戦」をする時期に入りました。 それは今後受けるであろう年金・福祉・医療の価格差の問題なのです。

④ 各国々と倫理観

日本という国は経済成長期を乗り越えた先進国であります。 この先進国はバブルを終えた中国やアメリカなどを指します。 又、世界には未だ「中国(ちゅうこく)」と呼ばれている 資本主義経済発展前の国々が沢山存在しています。 インドやフィリピンある意味ではロシアもその可能性を秘めています。 これらの国々はブロック経済によって加速して先進国になります。 発展途上の貧しい国々は世界の国々の75%を占めています。 また忘れてはいけないのは植民地化されたままの国で 未だにチベットやウィグルなどが存在しています。 先進国の人々は義務教育で習ったにもかかわらず忘れている事実です。 それを齎した富の偏在から貧富の差を埋めなくてはなりません。 大陸奥地の文明非接触の部族のコミュニティーでは未だに アミニズムから先進国の人類を『悪魔人』などと捉えています。 私達は国家などのその構造化した道具の使い方によっては 悪魔に成りゆる存在を創る可能性があった民族だったのです。 これらから現代の文明の体系を大きく4つに分けると。
・先進国 ・中国(ちゅうこく) ・救済支援国 ・文明非接触の部族
が存在しています。これら経済だけの概念で大きくみると 先進国と中国(ちゅうこく)は経済活動をしている為、Win-Winです。 しかし救済支援国は先進国が利益集中的な上位存在なので常に途上です。 つまり経済侵略する側の価値観とそれに応戦する側の価値観があるのです。 日本自体も米国の外資に経済侵略されていますし発展途上国は未だに 病院が足りないまま国家の繁栄がままならない状況です。 これは搾取する側の合理主義が全体的な世界の倫理観を下げているのです。

⑤ 日本文明と美徳

我々の日本文明の往年期といえばどの時期を思いますか? どの時代も戦国時代を除けば比較的に安定した穏やかな文化です。 とくに江戸時代はルネサンスやオリエンタリズムに相似した 芸術や世俗・習俗とが融合した非常に精神面の高い文化でした。 その後19世紀の開国では外来の文化を取り入れたのですから 当時は外来文化に対しそれなりの諸問題が発生したでしょう。 その後は20世紀になり戦後レジームの中で国民を上げて一家に一台と テレビや冷蔵庫を大量生産した資本主義前半戦を行いました。 しかし21世紀アメリカ文化から押し寄せる愚民政策は米国のCSISで 研修を受けた安倍晋三や小泉進次郎の襲世議員により引き継がれています。 これでは日本文化の独創性は欠如し持続性や恒久性が失われてしまいます。 更に開国時のようにグローバル化で移民を受けなければならないなら尚更です。 なので今までの伝統芸能や伝承学問という独自の歴史統計分野は 失うとその継続性が止まり取り戻すのは容易ではありません。 とくに思いやりや道徳性という日本独自の保守的な思想は 200年程度の歴史しかない米国の西洋合理主義には存在すらしないのです。 21世紀、庶民は和を愛する心を失いかけてお金に邁進しています。 それは「国民と国が一体」と言うより組織たる「国民と官庁(企業)が一体」 という個人と所属する組織の合致した拝金主義が齎したものです。 日本人の美徳概念に反する米国の政策はいらないのです。

⑥ コミュニズムという道具

現代のグローバル化社会という道具はその存在があまりにも大きい為に 地球全体で様々な人々に難題を迫って影響を与えています。 自然環境と不合理な社会システム国民を1人1人がどう対処すべきか? 21世紀グローバル化という大きなシステムが人間を包括してしまいました。 そのせいで政治や経済は利益第一主義になり国家間自体に大きな格差が生まれ アンバランスになってしまいました。 人間性の尊重だけの旧来のヒューマニズムでは合理主義が加速し過ぎて 単一的には挑めない状況です。 21世紀型のヒューマニズムを前提に移民問題を進めるのであれば 安倍首相の言うような高度人材より日本の伝統に興味のある人が大事です。 今までの歴史では鎖国状況下での成長-挫折-発展は解決出来ましたが 現代の文明では地球規模で考えなければならない状況になりました。 この国が官僚や政治家・経営者らが強食で生き延びるだけの体系ならば 文明非接触の部族らが言う様に私達は『悪魔人』の手下なのかもしれません。 国家が個人に齎した格差は一部の『悪魔人』が齎したコミュニズムです。 ですから我々は文明非接触の部族らが目指す体系に戻さなければなりません。 それは人間以外のシステムたる諸事物も人間や有機体として見なす。 庶民自らが問題の現状を調べ議論に参加し行動をする事によって 文明は有機性を得て新たな政治学や経済学・法学といった学問にも 潤いや躍動を齎す事でしょう。 私達は連帯性と責任性をも踏まえて模索する時期に来たのです。 それは無機質になりかけた道具(国家や企業)に市民が参加し 良心と言う統一価値観で人間性的な有機的機能を付加させる事。 それはやがてグローバル間の移民問題にも良い影響を与えるでしょう。 日本人は優秀な文明種です、創造を行なって未来を建設していきましょう。

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